【下山事件】 自殺か他殺か? 歴史教科書に載るような事件
1949年(昭和24)7月6日
0時25分ころ、常磐線北千住-綾瀬間で轢死体が発見された。それが当時国鉄(現JR)総裁の下山であることが判明。
49年7月に国鉄は3万人規模の大量首切りが発表。その直後に起きた事件で、直後に続いた三鷹事件、松川事件とともに「三大事件」と呼ばれる。左翼の犯行説が持ち上がり、それに対する自殺説、やがて占領軍情報機関の謀略説、さらにはそもそも自殺なのか他殺なのかなど含め、大論争となった事件でもあった。
東大・捜査二課・朝日新聞、読売新聞は「他殺説」をとり、慶大・捜査一課・毎日新聞は「自殺説」をとって、学者・警察・マスコミの意見は見事に二分された。
結局この事件は確たる結論が出ないまま捜査が打ち切られ、昭和39年には時効が成立。三鷹事件と松川事件では、共産党員などが犯人として逮捕され、裁判の結果、三鷹事件で一人の非党員が有罪となるも、あとは無罪に。
これらの事件はいずれも、いまだ真相は不明だ。
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Posted by
管理人・エージ
こんばんは。エージです。情報ありがとうございます。今度ぜひとも行ってみますです。
Posted by 山岡 柳一
昨日の1月15日、子供のつき合いで大谷田にある郷土博物館にいったら、下山事件の資料が出ていましたよ。それも当時の捜査関係者が残したとか思えないプリントが出ていました。