【女子高生コンクリート詰め殺人事件】あまりの惨たらしい犯人の非道さに吐き気をもよおすおぞましい事件
1988年11月25日
警視庁綾瀬署は江東区若洲の埋め立て地で、1989年(平成元年)3月29日にコンクリート詰めのドラム缶を発見。中から布団に巻かれた女性の死体が見つかった。コンクリートで密封されていたため遺体は腐敗していなかったが、遺体の状況はあまりにも惨たらしいものだった。女性の顔面は変形と陥没がひどく、外見からの判別は全く不可能。全身が殴打によって腫れあがり、ライターで焼かれた痕も多数あった。そして、皮下脂肪の厚さは通常の3分の2しかなく、ひどい栄養失調の状態。
1988年(昭和63年)11月25日午後8時過ぎ、埼玉県三郷市内をバイクで走行中、アルバイト先から自転車に乗って帰宅する途中だった県立高校3年生の女性(17歳)を見かけると、AはCに対し、「あの女、蹴れ。あとはうまくやるから」と命じ、Cは言われた通りに、バイクで近づき、左足で右腰を思いっきり蹴って、角を曲がって様子をみていた。
女生徒はバランスを失い、自転車に乗ったまま転倒、側溝に落ちた。そこへ、Aが近づき「大丈夫ですか」と声をかけ、助け起こすと「あいつは気違いだ。俺も脅された。危ないから送っていってやるよ」と言って、近くにある倉庫の暗がりで「俺はヤクザの幹部だ。お前はヤクザから狙われている」と脅し、ホテルに連れ込んで強姦した。
それから41日間にわたって綾瀬のCの自宅に監禁。暴行の限りを尽くして殺害。鬼畜のようなすさまじい暴行と陵辱の限りを尽くしたものだった。犯行の中心となった4人は成人と同様の刑事裁判が妥当とされ、実刑判決を受け少年刑務所に送致。判決は、主犯格のA(当時18歳)は懲役20年、サブリーダー格のB(同17歳)は懲役5年以上10年以下。また、C(同16歳)は懲役5年以上9年以下、D(同17歳)は5年以上7年以下。
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